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音楽の仕事に至る経緯 その5 大手企業→ベンチャー


着メロクリエイターとして

つづき

 

ヤマハの求人の職種は、当時全盛期だった「ケータイ着メロ」制作委任クリエーターでした。

 

さっそく作りためていたデモ音源を送付、面接までこぎつけ、なんとか採用をいただきました。

そこから約7年間、制作クリエイター、ディレクターとしてお仕事させていただいました。

 

外注制作会社のディレクティングなどもさせてもらい、現在の仕事の基盤となる経験をさせてもらったと思います。

 

ちなみにこの時期に結婚しました。わーい。

作曲家デビュー(?)

また、この頃に同じヤマハのクリエイターさんのツテで、ドラマCDのBGM作曲の仕事をさせていただきました。

 

私にとっては、自分の曲が世の中に出た、記念すべき大きな一歩です。

 

しかもこの時のタイトルが「鋼の錬金術師」です。

 

ハガレンですよハガレン

 

コミックCDコレクションvol.1 砂礫の大地

まだアニメ化される前段階で、爆発的な人気が出る直前ぐらいの作品ですが、それでも私の仕事歴のネームバリューとしては抜群ですよ。

 

この仕事を紹介してくれたクリエーターさんからは、他にも数件のお仕事をいただきました。

本当に感謝しております。

 

 

 

着メロブーム終焉…

 

さて、そんなことをしている間に着メロのブームも終焉してしまい、着メロの部署は解散。

 

委任契約の私は放出されます。

 

ちょうど一人目の子どもが生まれたときでした。

 

 

ヒドス(笑)

 

 

今にして思えば、着メロを作っている間にもっと視野を広げ、たくさん音楽活動をしておくべきでした。

流行りに乗って安定を求めてしまい、ただ仕事をこなしていただけのこの時期、本当に反省しています。

 

 

その後、ヤマハでのキャリアを武器に就職活動を続け、韓国芸能情報サイトを扱うベンチャー企業に就職します。着メロや携帯ゲームの制作も行っている会社で、そこの音楽制作担当として採用されました。

 

 

私の数少ない会社員としての勤務です(笑)

 

つづく